眼鏡びいき。

日々の雑感であり、個人的見解の忘備録。

特養での雑感、その1

SNSを基本的に止め、研修が終われば忙しくなるのでこちらで雑感を一方的に流していこうと思います。コメントで叱咤いただければ幸いです。

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5月下旬の5日間、ある事から特別養護老人ホーム(以下、特養と略す)にボランティアという形でお世話になりました。そもそも、特養という施設に馴染みのない方もいますのでまずはその概要から。

 

 2000(平成12)年4月に社会全体で高齢者介護を支える仕組みとして創設された介護保険制度は今年で15年目を迎えた。介護サービスの利用者は在宅サービスを中心に着実に増加し、2000年度には184万人であったサービス受給者数は、2012(平成24)年度には458万人となっている

 高齢化がさらに進展し、「団塊の世代」が75歳以上となる2025(平成37)年の日本では、およそ5.5人に1人が75歳以上高齢者となり、認知症の高齢者の割合や、世帯主が高齢者の単独世帯・夫婦のみの世帯の割合が増加していくと推計されている。特に、首都圏を始めとする都市部では急速に高齢化が進むと推計されている。一方で、自身や家族が介護を必要とする時に受けたい介護の希望を調査したアンケートによれば、自宅での介護を希望する人は70%を超えている。

 「特別養護老人ホーム」は、介護老人福祉施設とも呼ばれ、社会福祉法人地方自治体が運営する公的な施設である。まずは、この「特養」と呼ばれる施設をお探しになる方も少なくありませんが、誰でもすぐに入居できるわけではない。特別養護老人ホームについては、限られた資源の中で、より入所の必要性の高い方が入所しやすくなるよう、入所を原則要介護3以上に限定することとし、中重度の要介護高齢者を支える施設としての機能に重点化を図ることとしている。
(「平成26年度厚生労働白書」等より抜粋)

 まとめると

 

・基本的には民間ではなく社会福祉法人や自治体にて運営されている施設

介護保険制度による補助で民間より料金は比較的安価

・要介護度3以上の方が対象(要介護度に関しては

http://www.city.shizuoka.jp/000055497.pdf参照)

 

の施設となります。幸いな事に私の祖母は二人共、現在も元気に生活を行っているので各々、叔父・叔母の手を借りながらも1人で生活をしているのでこれまで特養とは縁がありませんでした。

時系列でまとめてもまとまりの無い文章になる気がしたので、対象を絞って少しずつお話していきたいと思います。今回は利用者に関してです。

 

「要介護度3」とは上記のURLから引用すると

 

①見だしなみや居室の掃除などの身の回りの世話が自分ひとりでできない。

②立ち上がりや片足での立位保持などの複雑な動作が自分ひとりでできない。

③歩行や両足での立位保持などの移動の動作が自分でできないことがある。

④排泄が自分ひとりでできない。

⑤いくつかの問題行動や全般的な理解の低下がみられることがある

 

と記述されており、基本的に行う日々の動作全般に補助が必要です。具体的には上記の排泄以外に、食事・入浴・脱着衣などがそれに当てはまります。

食事自体も昼食の場をご一緒させていただいたのですが、利用者それぞれの状態に適した形式で食事も粉砕・ペースト・ゼリー状に施されていました。

 

動作以外にも⑤に記載されているいわゆる「認知症」が日々の生活に表層化してきている段階の方を示します。

実体験として利用者の方と簡単なボードゲームの指導・対戦を行っていても一旦、ルールを覚えたと思った翌日には対戦した事実を忘れ去っていますし、名前もなかなか覚えてもらえません。一方で主に若い頃に経験した事は恐らく脳に鮮明に記憶されており、流暢にお話をされます。しかし、その会話自体もこの5日間で数回と繰り返されました。(この事に関しては認知症問わず、年齢を重ねると一般的に生じるであろう現象なので一様に認知症が原因とは言えませんが)

また、しばしば利用者のご子息が来訪される機会があるのですが、利用者の平均年齢が80〜90歳と高齢なのでご子息自体も60歳前後という事を自身の家族を振り返れば当たり前の事でしょうが、気付かされました。

ここで思わされたのが、「利用者の生きがいってなんなのだろう」という至極当然と言われるかもしれませんが、感想でした。私自身まだ20代という事で心身ともに健康ですし、新しい環境に飛び入り大変ですが少なからず充足感があります。これから大変な事もあるとは思いますが、その環境を楽しむ余裕もある状況なのだと自分では思います。

一方で特養の利用者は何を生きがいとしているのでしょうか。趣味でしょうか、それとも日々の食事でしょうか。入所当初には私には正直、その意義が見出すことができませんでした。だから私はこの現状を目の当たりにして太く早く死にたいとさえ、思ってしまいました。
親類との時間を長く過ごしていたい、と思う方がいらっしゃるかもしれません。しかし、利用者が自ら進んで特養に入るというケースはあまり見られませんでした。やはり利用者自身、特定の地に思い入れがあり、そこで晩年を迎えたいと思うのが至極真っ当な人間性なのではないでしょうか。しかし、やはり年齢を重ねると共に身体・金銭的余裕がなくなってしまい、親類に心配をかけてしまうという一種のネガティブな感情から親類とは離れ、特養をはじめとした施設に入所するという現状は少なくないと、感じました。
特養のような施設はやはり、利用者という集団に対して各々の注意事項を留意しながらも少ない人員で効率的に仕事に取り組まなければならない事から、作業のどこかしらに画一的な対応を利用者にしなければなりません。その作業によって利用者自身の本来の欲求の角は次第に削ぎ落とされてしまい、利用者の能動性の衰退につながるのではないのでしょうか。

まだまだ書き足りない事はありますが、とりあえずはこの辺で。